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2004年3月に外国語大学を卒業した篠原麻希子は、その1ヵ月後、ワーキングホリデー制度を使って、オーストラリアに渡った。「すぐに就職するのはもったいないなぁと思ったんです。それに大学時代に磨いた英語力を試したい気持ちも強かった。ワーホリを使えば、1年間働くことができます。それでオーストラリアに行くことにしたんです」
現地のローカルなカフェなどでアルバイトをしながら、篠原は、海外の生活を満喫した。日常会話レベルであれば、自分の英語が通用することもわかった。オーストラリアは、様々な国籍の人が暮らす国でもある。そんな彼ら・彼女たちの多くと、友人関係を築くこともできた。
あっという間に1年が経過し、篠原は日本に帰国した。しかし、またすぐに観光ビザでタイに渡った。 「最初はワーキングホリデーのあと就職するつもりでしたが、日本に根付く踏ん切りがつかなかった。それで、タイに渡ったのですが、ビザが切れる6ヵ月が間近に迫ったとき、そろそろ働こうと思ったんです」
実は篠原は、親の反対を押し切って、海外に渡っていた。働く決心は、自分の親を安心させたいという気持ちの表れでもあった。
では、何をすべきか――。大学時代は、漠然と「英語力が活かせる仕事」に就くというイメージを抱いていたが、帰国後、篠原は考え方を変えていた。
「100%ネイティブでもないですから、ビジネスの現場で通用するとは思えなかった。英語は何かの場面で役に立てばいいぐらいの気持ちになっていました」
自分の方向性を見出せないまま、篠原は人材紹介会社に登録することにした。すると適正検査で「営業」に向いていると診断された。「『なるほどな』と思いました。自分自身を見つめると、負けず嫌いですし、当たって砕けろ的な猛進タイプでもある。営業は向いているかも、と」
クロス・ヘッドの営業職に決めたのは、ネットワークの仕事に興味を持ったからではなかった。入社後、篠原の上司となる面接官とのやりとりを通じて「この上司のために働きたい」と思ったからだった。「笑顔が印象的で、惹き込まれた」と篠原は述懐する。
とはいえ、篠原のネットワークに関する知識はゼロ。パソコンはメールで使うぐらい。それでも、気持ちは前向きだった。 「まずはやってみようと思いました。何事もチャレンジしてみないと分からないじゃないですか。まさに当たって砕けろと思いました」
2006年9月――。大学卒業後1年半を経て、篠原は社会人の第一歩を踏み出した。
篠原麻希子 先輩からのメッセージ
入社後の配属は「パートナー営業統括部」でした。
弊社では、自社のエンジニアをパートナー会社(取引先)に配属し、様々な業務を行う事業を展開しています。各企業に営業をして、最適なエンジニアを調整するのが、私の仕事です。
Aという企業に5人のエンジニアを手配させて頂く契約を結んだら、その人選もする必要があります。業務的には、人材コンサルの意味合いを併せ持つ営業といえるかもしれません。
パートナー会社に適切な人材を配属するには、社員であるエンジニア一人ひとりの適性を把握しなくてはいけません。そのためにも、ネットワークに関する知識は必要不可欠。まだまだ不勉強な部分も多いため、日々の業務を通じて、しっかり身につけていきたいです。
この会社に入って、2年4ヵ月が経ちましたが、とても居心地がいいですね。私の場合、本社勤務のため、社長とも顔を合わせることも多いのですが、時々、飲みにも連れていってもらっています(笑)。
取材日: 2008年11月







