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大学を卒業してから8年間、佐村恭敏は正社員になることなく、建設関係のアルバイトをし続けた。
自分の時間が欲しかったからだ。
佐村は、プロのミュージシャンを目指していた。
「中学3年生の頃から音楽にはまって、大学に入ってからは、プロになるつもりで音楽活動に明け暮れていました」
主な拠点は吉祥寺や下北沢のライブハウス。佐村は、ブルースバンドのボーカル兼ベースとして、年50回以上のライブを精力的にこなしていた。
30歳のとき、一つの節目を迎えた。
「自分自身のなかで、納得のできる音が出せるようになったんです。それで、自分の音楽と本物のブルースとを聴き比べてみたんですね。そうしたら、まったくレベルが違うことに気づかされたんです。それならば、自分で演奏する必要はないと思いました。先人たちのブルースを聴けばいいと」
こうして佐村は、音楽活動に終止符を打った。その後、2年半もの間、海外に放浪の旅に出た。「まったく働くという気持ちはなかった」と佐村は当時を振り返る。
しかし、旅を続ける中で少しずつ気持ちの中に変化は生まれてはいた。かつては否定的にとらえていた"人とのつながり"や"仕事の重要性"についてである。こうした変化がいつしか決心となり、"就職"を意識することになる。
「どうせ働くのであれば、きちんと正社員になり仕事に没頭しようと思いました」
目をつけたのはITだった。
「海外を放浪しているとき、IT系のバイトのほうが割がよかったんです。私はガテン系のバイトをやっていたのですが、全然貰えるお金が違った。それにIT関係であれば、今後長く働けそうな気がしたんです」
ITのなかで、佐村は"技術職"に絞って、自分に適した仕事を探していった。
「キャリアという点でいえば、ほかの人よりも10年遅いスタートということになります。経験値が重要視される仕事では、とても太刀打ちできません。技術職であれば、その技術を身に付けさえすれば、経験の少なさをカバーできるのではないかと思いました」
佐村が選んだのはネットワークという分野だった。
クロス・ヘッドを選んだのは、初心者を受け入れており、基礎研修制度が充実しているからだ。
2004年2月、佐村は、未知ともいえるIT業界に足を踏み入れた――。
佐村恭敏 先輩からのメッセージ
入社してからの2年間は、本当に必死に勉強していましたね。最初は何をすればいいのか分からないので、仕事に従事するなかで「取っておいたほうがいいかもしれない」と思える資格を、片っ端から取るように心がけました。入社後1年間は月1のペースで資格を取得していましたね。
また、仕事で分からないことがあれば、遅くとも、その週のうちにはすべて解決するようにしていました。空いている時間は、すべて勉強に費やしました。仕事を終えて自宅に帰ってからも、必ず勉強しましたし、土日も休むことなく勉強しました。
「ここで踏ん張らないと、何も残らない」と覚悟を決め"背水の陣"の気持ちでいましたら、必死でした。入社して5年が経過しますが、昨年あたりからですよ、「やっていけるかも」という自信が持てるようになったのは。
現在は、部下の上に立つ機会も増えてきています。今後は、技術に関するスキルだけでなく、マネジメントスキルを向上させることにも一層力を注ぎたいと思っています。
取材日: 2009年4月







